オヤジの「経験」が歓迎される時代

昔の大人たちはとにかく若者に説教したがりました。父親は、戦争時代の苦しい体験や、貧しい生活、努力の大切さや、人としての生き方、礼儀作法、あいさつの仕方や目上の人との接し方などなどを語ります。会社でも、上司がお世辞の言い方から、接待のときの振る舞い方、ビールのつぎ方や、名刺の渡し方などなど、細かなことを注意して、うんざりさせてくれたものです。

そうした経験をしている熟年オヤジたちは、「自分は若い者には、あんな嫌な面はさせたくない」と、自分の経験談を語ったり、説教をしたりすることを自重しています。しかし、実は今の若者たちは、自由に育ち「説教」をされた経験がないため、逆に飢えているのです。特に女性は父親に甘やかされた経験しかないために、ちょっと厳しい熟年オヤジの「諫言」(かんげん:いましめの言葉)にはメロメロ。説教してくれるオヤジに、色気さえ感じてしまうのです。

ストレス社会を生きる女性たちは悩みが多い

昔の女性たちには複雑な悩みはありませんでした。就職は「花嫁修業」ですので、必死に働く必要はありません。社内でいい男を見つけて結婚したら、寿退社をして専業主婦になります。あとは、「三食昼寝付」の優雅な暮らしをするだけです。子育てをしつつ、時々旦那の要求にこたえてセックスしていれば、お城のお姫様と同じくらいにのんびりと生活ができました。

今の女性たちはそうはいきません。「女性の自立」「女性の権利」などが強く主張され、社会で活躍するようになりました。言い出したのは彼女たちですが、それによって苦しんでいるのも彼女たちです。昔のように気楽には生きられず、男性と同様に、あるいは男性以上にストレスを抱えて厳しい社会で生きています。しかし、そんな悩みや苦しみのはけ口がなかなか見つからず、精神的に異常をきたす人もすくなくありません。

心の中では助けを求めているのに、誰に相談すればよいのかわからず迷っているのです。実は、そんな彼女たちの救いの神となるのが、熟年オヤジなのです。

オヤジの言葉が「金言」になる!?

オヤジたちは人生の中で、既にそれなりに自問自答を繰り返してきています。若いときには言葉面だけかっこつけて「人生に正解なんてないんだ!」とほざいていみたりもしましたが、今なら同じ言葉を心から言うことができます。「何で生きているんだろう?」と真剣に考えて、自分なりの答えをつかんでいる。オヤジには、さまざまな体験を通して、学んできたものがあるのです。

自分では大したことではないと思っていても、若い女子たちにとっては大きな魅力です。オヤジたちの「哲学」は、ひとつの財産。悩んでいる女子たちに、「そんなもんだよ」と一言アドバイスするだけで、信頼と尊敬を集められます。

女性の社会進出が進み、ストレスや悩みを抱える女子が多くなりました。同年代の男子たちには彼女らの悩みを解消する力はありません。オヤジの経験かに基づく「哲学」こそが、彼女たちを救うのです。その先には、信頼と尊敬が待っています。