「夫のことを好きか?」と自問する妻たち

男性は働いている姿が一番カッコいいものです。30代、40代でバリバリ働き出世をしている間は、社内でも飲み屋でも女性にもてやすく、家庭の中でも、妻や子どもたちから尊敬されたりもします。50代になり、会社の中での出世も終わり、「役職定年」などで肩書もなくなってしまうと、それにともなって「働く男」としてのカッコよさも減退します。そして、定年をしてしまえば、「働く」という意味でのカッコよさは「0」になるのです。

若いころにくらべて性生活の回数が少なくなったり、時間が短くなったり、内容が薄くなったりした時期に、夫が仕事のカッコよさも失い始めると、妻たちは「あれ?」と思い始めます。それまでは夫のことを愛していると思っていたり、少なくとも「頼れるパートナー」と感じていたりしたのに、そういう気持ちが薄れてきたことに気づくのです。

「私は夫のことを好きなのだろうか?」とタブーな質問を自分にぶつける妻たち

しばしば飲んだ席で、男性は同僚にこんなことをいいます。「俺は、家庭に仕事とセックスは持ち込まないんだ!」と。遠回しにですが、セックスレスを公言し、妻には愛情がないことを告白しています。男性の多くが「それで構わない」「それが当たり前」だと思っているのです。自分にその気さえあれば、「いつでも妻を抱ける」と自負しているのですが、実は妻たちはそれについて真剣に考えていたりします。

夫との夫婦生活が少なくなり性的には不満を抱えている妻でも、「夫とはしたくない」とか「他の男性としてみたい」と考える人が増えてきました。妻の不倫が急増しているのは、そうした背景があります。たとえ不倫まではしていなくても、多くの妻が考えます。「私は夫のことを愛しているのか?」と。

この質問は、本来はしてはいけないものです。愛しているかどうかなど中年になって迷うのはタブーだったはずです。もし答えがノーだった場合に、困ったことになるのは明白です。昔から、妻は夫を愛しているかどうかを考えないのが暗黙の常識でした。しかし、現代の妻たちは考えるのです。愛しているのかどうか、と。そして、多くの妻が、「愛していない」ことに気が付きます。

愛していない男とどうして一緒に暮らしているのか?

妻たちが次に考えるのは、愛していない男と一緒に暮らす意味は何だろうか? ということです。男性の場合は、愛していない女性と暮らしていても、困ることはありません。むしろ便利です。洗濯、掃除、食事など、家庭内のこまごまとしたことを自分でするのは面倒です。やり方も心得ていないし、やりたくもありません。愛していなくても、家に女性がいれば自動的に片づけてくれます。便利な住み込み家政婦として、妻は本当に便利です。

逆に妻は、思い至ります。いっしょに暮らしていると面倒ばかりだと。女性誌を読めばこう書いてあります。「夫のパンツを素手でつかめますか?」「認知症になったら夫をやさしく介護できますか?」「下の世話ができますか?」

妻たちは思うのです。「絶対にやりたくない」と。
男たちは気を付けなければいけません。「家庭にセックスを持ち込まない」などと傲慢(ごうまん)なことを言っている場合ではありません。セックスをしなければ、自分がいずれ捨てられると考えるべきでしょう。もし、うまく勃起できないのであれば、早めにED専門クリニックに行くべきです。下半身に元気を取り戻して、手遅れにならない内に夫婦関係を再構築する努力をしては?