燃え尽きた夫と、これから燃えようとする妻

A子さんは一流大学を卒業した才女です。夫も同じ大学を卒業して、一流企業に勤めるサラリーマン。夫が会社で思う存分働き活躍するためには、専業主婦にならなければならないと考え、働くことを諦めて家庭におさまります。子どもたちも健やかに育ち、いずれも一流大学を卒業して一流企業に就職しました。

夫は会社で出世をしてそこそこの地位までのぼりつめ、最後の花道として子会社の社長になりました。そんな夫からある日、A子さんは言われます。「2年したら社長をおりることになる。そうしたら、実家のある田舎に帰って両親の面倒をみながら暮らそう。俺は40年間、必死に働いて家族を幸せにしてきたけれど、もうそろそろのんびりしたいんだ」と。これを聞いて、A子さんは離婚を決意します。

夫は燃え尽きたのに、自分はまだ燃えてもいない

同じ一流大学を卒業したA子さんと夫。夫の方は、自分の能力をフルに発揮し一生懸命働いて充実した人生を送ってきました。A子さんにしてみれば、夫のために自分の才能ややる気を捧げてきたわけです。自分にも人並み以上の実力があり、場所さえ与えられれば活躍できたという自負がありました。

しかし、そんな能力を活用することもなく、ただ、夫と子供の成長のために時間を費やしてきたので、「まだ燃えたことがない」というくすぶった感情を持っていたのです。自分自身の人生を十分に生きてはいない、という不満足感が根っこにあって、夫の「燃え尽きた」といわんばかりの言葉にショックを受けたのです。「燃え尽きられたのなら、幸せではないか?」「それを支えてきた私にも、褒美があって良いのではないか?」と。

これ以上夫のわがままは聞けない、と妻は思う

夫が「のんびりしたいから、田舎に帰って両親と暮らそう」といったことが、A子さんにとっては大きなショックでした。ひとつは、「のんびりなどしたくない」という気持ち。ふたつめは、田舎にいってのんびりできるのは夫だけ、ということ。妻のA子さんには、今後夫の両親の介護という問題が生じるのは明白です。わざわざ義理の親の面倒をみるために田舎にこもるようなものです。

今までの人生を自分のやりたいことに使わないで生きてきたのに、これからも同じように他人のために使うことには我慢ができません。なんとしても、自分のために時間を使いたい。燃えるような生き方がしてみたい、と思ったのです。夫がA子さんの気持ちを十分におもんばかることができないために、彼女には大きなストレスがかかってしまっていました。こうして、彼女は離婚を決意します。はたから見れば、十分めぐまれた幸せな家庭のように見えますが、妻にとっては「不幸」な境遇だったのです。

妻には妻の人生目標や生きがいがあるはずです。夫がそれを理解しないで、自分の生きがいだけを求めていると、いつの間にか妻との間にすれ違いが生じてしまいます。それが、爆発すると「離婚」ということになります。夫にとっては「青天の霹靂」(へきれき)になるでしょう。