アンビバレントな死生観

一人で死にたいか、二人で死にたいか…そんな死生観も、オーバーエイジの結婚・離婚に関係しています。彼らの考えを覗いてみましょう。あなたはどちらの考え方を支持しますか?

年を取ると、誰でも「死」を意識することになります。人生の折り返し地点に差し掛かるアラフォー世代の男性は、特に残りの人生の生き方について、深く思い悩むそうです。女性より長生きできる男性は、あまり多くありません。死ぬ時には一人がいいか、誰かに看取られて逝きたいか…このテーマについて出された答えも、熟年離婚・熟年婚の急増の理由となっているようです。老境に佇む男性の死生観について、少し考えてみましょう

本当にこのままでいいのか?

夫婦間の会話はほとんどない、肉体関係はオリンピックなみの間が空いたペース、子どももすでに手を離れつつある…。そんな既婚男性は、「本当に自分の人生はこのままでいいのか」と考え始めます。残りの人生は自分のために生きてみてもいいのではないだろうか、と。ようです

もちろん離婚のデメリットは少なくありません。しかし「このまま延々と家族のためだけに働き続け、余生を迎えることはあまりにもむなしい」「妻にもすでに愛情はない」…。ならば一人で気ままに生きることもアリなんじゃないだろうか?ようです

そう思って夫婦関係を解消する男性も少なくありません。もちろん彼らの中にも、「一人で死ぬ」ことへの恐れはあります。しかしそれ以上に充実した「生」を生きることができる…「死の質」よりも、「生の質」を重んじる人が熟年離婚に踏み切るようです

縛られても…二人でいたい

死ぬまで結婚を続ける、また熟年婚をする男性は、対照的に、「死の質」を大切にしているタイプ。自分が選んだ人に最後を見届けてもらうことで、人はこれまで過ごしてきた人生に「自信」を持つことができます。「死の質」を大事にすることが、また「生の質」も高めてくれる…そんな奥深い考えをする人は、安易に離婚に踏み切ることなく、また、結婚もせずに死んでいくことを良しとしません。あなたはどちらが正しいと思いますか?

死と生は相互に補完し合っている関係です。死を重んじれば生が輝き、生に対して誠実になれば死もまた意味深いものとなります。「正しさ」などというものは、ないのかもしれませんね。その時々で考え方も変わってきます。それぞれの死生観の揺れ動きこそが、熟年婚や熟年離婚をこれほどまでに多くしている原因なのかもしれません