生の質とはなんだろう?

満足のいく死を迎えるためには、半生をきちんと顧みて、「やりたいこと」を絞り出すことが大切。未練・悔いを残したままこの世を去って、あなたは本当にいいのですか?

人生とは、老いてからも長く続いていくものです。最近ではずいぶんと平均寿命も延びていますし、退職してからも20年ほどは生きることになります。その20年のあり方をよく考えることは、それまでの人生を尊重することにもつながるのではないでしょうか。
もしあなたがこれまで60年生きてきて、自分の半生に何の悔いも未練も残していなかっとしたら、よほどの幸せ者か、言葉は悪いですが、バカのどちらかです。退職してから(あるいは離婚してから)20年の余生は、その反省を活かして生きるべきだと思いませんか。

やり残したことを、しよう

輪廻転生を信じるかどうかについては1人ひとりに異なった考えがあるでしょう。もっとも、うまく再びの生を得たからといって、人間になることができるかどうかは別問題。仮に人間になれたとしても、かつての人生の記憶を持って、他の人より易々と生きていくことができるはずもありません。人の一生とは、基本的に取り返しがつかないものです。

だからこそ、20年の余生の間には、これまでやり残したことを徹底的にこなしていくべきです。「本を読まなかったせいで自分の人生には深みがなかったな…」という人は、80歳からでも読書をすればいいでしょう。また、「女性関係にはまったく縁がなかったな」という人は、風俗でもなんでも使って、色欲にまみれた生活も楽しんでみるべきです。
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死への準備を進めていく

どんな人間も、死を避けることはできません。誰もが平等に無の中へ帰っていくことになります。今生の際に、あなたは何を思うでしょうか? 「あっぱれ! 良い人生だった」「ああやっと楽になれるのか」…どうせならば、自分の「生」を肯定して、満足して死んでいきたいものです。そのために、今からでも準備を進めていくべきではないでしょうか?
ある人にとっては、離婚をして膨大な時間を得、遊びつくすことが死の準備。また別な人にとっては、伴侶を得て静かで愛のある生活を楽しむことが、死の準備となります。どちらも正しくて、不正解はありません。「自分はどのように過ごしたいのか」を常に胸に問いかけ、その欲望に忠実に生きることが、人生の質を高めてくれるわけです。

すでに熟年に差し掛かりつつある人たち…これからの余生を、どう生きていきますか?